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「思う」と「書く」は違う

頭の中でわかったつもりになってることも、いざ言葉にして表現してみようとするとなかなか難しい。

難しい原因の一つは、頭の中で考えるときの論理のレベルと表現するとき必要な論理のレベルにギャップがあるからではないかと思う。

表現するとき必要な論理の方がはるかに高いレベルのものを要求されるのだ。

そう思ったのは、私の場合頭で考えるときの論理が非常に粗雑らしくて、頭で考えていたことを他の人に伝わるようなレベルまで持っていくのは非常に骨が折れるからだ。

いや実際は骨が折れるどころではなくて、表現する際に納得できるレベルまで持っていくことができないことも多い。

頭ではわかっていたつもりのことも書いてるうちに論理の破綻や支離滅裂さに気づき書き進められなくなるのだ。

こうなると「思う」ということは「書く」ということともっと根本的に違うとも思えてくる。

実は思うということは非連続な閃きの集まりのようなものなのかも知れない。

そしてそれぞれの閃きと閃きの間には飛躍があるのだが、その飛躍は思っているときにはなかなか自覚できない。

それが自覚されるのは思ったことを表現するときである。

書くということは閃きと閃きの間にある飛躍を言葉の論理のレールでつなぐことなのだ。

だがその際にうまくレールでつなぐことができない場合がある。

それには閃き自体が間違っていた場合もありうるだろうが、飛躍があまりに大きすぎる場合という可能性もある。

そしてどの程度の飛躍までを言葉の論理で補うことができるか、ということがその人の表現の技量を示すのである。

――ということを考えた。

上の意見に賛同してくれない人もいるだろうが次の意見にはきっと共感してくれると思う。

思っていることをうまく表現できないことほど、もどかしいことはない。